表情筋はどこへ消えた?【わたモテ感想その4、田村ゆりその3】
A. 神(谷川ニコ先生)によって入念に削り取られた
A. 消えてなどいなかった
わたモテ最大の謎、ゆりちゃんの表情筋
多くの読者を悩ませたわたモテ最大の謎として「田村ゆりの変化(表情・人格)」があります。8巻、修学旅行編から登場したゆりちゃんは、人並みに表情の変化するわりあいにこやかなキャラクターとして描かれ、もこっちにも積極的に話しかけるなど、地味ながら優しい印象を読者に与えていました。しかし主に12巻の打ち上げ回を境に笑顔を見せることがめっきり減り、それに伴い性格も当たりが強くなりサイコ化が進行していきます。終いにはネズミー編でもこっちから「表情筋10g(グラム)くらいしかなさそう」と酷評される始末。彼女に一体何が起きたのか。にこやかで優しい彼女はどこにいったのか。
ゆりちゃんの表情が死んでいくことで多くの読者は「中身が入れ替わった」「Ver. 2」「第4形態」「作者がキャラの描き方を忘れた」などなど様々な(失礼な)推測を並べました(Include 俺)。しかし喪144や151では実に味わい深い微笑みを見せてくれているんですよね……。これは表情筋が死滅した人間に為せる表情ではない。極めつけは先月ブックマーク浅草橋で開催された原画展で判明した、非常に細かい表情の修正です。これよく見ると2回修正されています。恐らく最初はかなり大きめに口を描いて、その後ぐっと小さくして、最後にそこから更に1ミリ(未満?)だけ小さく描かれたテイク3が採用されてる。このリテイクをイッコ先生ニコ先生のどちらがかけたかは分からない(ニコ先生が自分でダメ出しすることも当然あると思うので)が、ゆりちゃんの口角が細心の注意のもとで削り取られていることが伝わるし、「作者がキャラの描き方を忘れた」ということは万が一にも考えにくい……(当たり前だ)。明確な狙いがあって感情表現を控えめに変化させていったと考える方が自然だと思う。原画展に行った最大の収穫です。
原画展で一番衝撃を受けたのは、ネズミーでもこっちにキーホルダーを貰って微笑むゆりちゃんの口の大きさが、実は大幅に修正されていたことですね
— 肝臓 (@kanzo1984) 2019年5月19日
修正する前は表情筋30gくらいはあるかな…
この後の物語の本筋にも影響した重要な修正かと思う#わたモテ pic.twitter.com/yArMHgNklV
ゆりちゃんにとって笑顔とは
私見ですが、ゆりちゃんは基本的に「一定以上親しくなった相手には笑顔を見せるべきではない」あるいは「恥ずかしい」と考えているのではないでしょうか。更には本当に親しい相手には「ありがとう」すら言うべきではない(よそよそしくて逆に失礼)、とすら考えているフシがある。まあこういう人は普通にいますよね。無礼にすることが逆に親愛表現だ、という信仰というか。照れくさいだけかもしれない。最も付き合いが深い真子さんに直接微笑みかけることがほぼ無く、弁当をおすそ分けしてもらっても礼の一つも言わないことがその根拠です。分かりやすいのは12巻のバレンタイン回。もこっちに人懐っこい笑顔を見せたすぐ後に、真子さんには完全な無表情で渡しています(それで真子さんが心の底から嬉しそうなのがまた良い)。
つまり、初期のゆりちゃんがにこやかなのは言わば〈営業スマイル〉だったということです。*1 サービス期間限定、言わばSSR。勿論本人は無意識にそうしてるだけだろうけど。十分に仲良くなったと感じた後はもう無理に笑う必要が無くなった。亭主関白、釣った魚にはエサを与えない。私の考えていることはあなたも当然分かるよね、察してよ、私達親友でしょ、といった感じ。こいつマジめんどくせえな。。。昔の人か。そのサービス期間がどこで終了したかですが、12巻の打ち上げ回ですね。ここでゆりちゃんは真子さん、吉田さん、もこっちに自分を含めた「4人」に強い執着を覚えるようになります。これ以降、ゆりちゃんがそれまで見せていたようなにこやかさは失われます。これは精神的な余裕が失われた、強い孤独感に囚われたことと同時に、「4人」とは十分に仲を深めることが出来たから、もう努めて笑う必要が無くなった、というのが正しい気がしています。つまりゆりちゃんの見せる無表情には「興味のない人間に見せる真の無表情」と「信頼する人間に向けた、彼女なりの最大の親愛表現としての無表情」の2種類があるということ。心を閉ざしたから笑わなくなったのではなく、実際は真逆で、心を深く許したから笑わなくなった。*2
12巻あたりからゆりちゃんが見せる心の底からの笑顔は、「我慢しきれずに思わず笑ってしまう」というパターンが多いですね。象徴的なのはもこっちのキバ子呼びに吹き出すところ。ある意味ではこの笑顔がゆりちゃんの作中初めて見せる真の笑顔とも言える。あとはネカフェデート回でもこっちに向けた、慈しむようなリラックスした微笑み。いずれにせよコントロールしたものではない、自然に溢れたものです。信用できる人間だ……
喪151以降はネモ、もこっちに対して「いたずらっぽく微笑む」という表情も追加されています。この笑顔の愛らしいことと言ったら! 誰だよ表情筋壊死してるとか言ったのは(すみません)。
今後の展望
表情筋健在が確認された今となっては、これからの物語でゆりちゃんの様々な表情が楽しめることはほぼ確定事項だと思います。いつか声を立てて涙を流しながら爆笑するゆりちゃんを見てみたいものです。カギになるのはやっぱりネモの存在でしょう。なんといってもネモは吉田さんやもこっちが経験した営業スマイル期間を通過せずにいきなりゆりちゃんの「いたずらっぽい微笑み」をゲットしています。お前マジか… ちょっと信じられないぐらいゆりちゃんの本性を引き出すじゃないか
なんでかなーと考えると、ネモがゆりちゃんに対して抱く並々ならぬ執着がゆりちゃんにも伝わっているからでしょうね、やっぱり。ネモにとってゆりちゃんは一言で言えば「スーパーヒーロー」です。陽キャの友達から浮いてしまうのが怖くて自分ではどうしても出来なかった、陰キャのもこっちと普通に友達になることをゆりちゃんは自然に軽々と成し遂げてしまった。ネモはゆりちゃんに強い憧れと同時に敗北感、劣等感を抱えているように見えます。その執着の強さはもしかしたらもこっちに対するそれより大きいかも知れない。ネモが偉いのはそうして複雑な感情を抱くゆりちゃんに積極的に絡み続けるところだな。何度そっけなくされてもくじけない、そこは素直に尊敬できる。だからゆりちゃんもつい油断してあんな表情をこぼしてしまったんでしょうね……。真子さんが見ていたら間違いなくゆりソムリエぶりを発揮していたであろう名場面でした。
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*1:9巻53pの「よかったら一緒に食べる?」の昼食時に真子さんの方をストレートに向いて笑いかけているのは、流石に「まだキャラが固まり切っていなかったから」の方が自然な解釈かと思います。「真子さんとは一度仲違いしかけたから、もう一度仲良くなる過程で努めてにこやかに接している」という解釈も可能だけど少し無理がある。10巻以降はこの営業スマイル仮説が当てはまると考えます
*2:ちなみに打ち上げ回以降に彼女が度々見せる自他未分化な傾向についてはやべーなこいつ頭おかしいな、という思いは確かにあります。ありますが、彼女の場合「自分に嘘をついてまで周りに合わせることが出来ない」という代えがたい美徳(美徳です)があるし、ネモをはじめとしていろいろな人からちょっかいをかけられる過程でいい感じに社会化されそうなので全然心配無いな、と感じています