読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

龍ちゃんが男にも女にもモテモテなのは残念でもないし当然 / サッカー漫画『BE BLUES』感想

ポツポツと噂を聞いていたサッカー漫画『BE BLUES』を今更ながら読んだがこれがホント素晴らしくて震えを覚えながら一気に読んだ。すげー面白かったので「この物語は一体どういうお話なんだろうなー」と考えながらキーボードをぺちぺちやっていたらふと「あ、これは他人を変える影響力を持った偉大なサッカー選手の話なんだ」と思い至る。以下ネタバレありです。

 

BE BLUES!~青になれ~ 9 (少年サンデーコミックス)

BE BLUES!~青になれ~ 9 (少年サンデーコミックス)

  

「メモ:徹底した取材と構想に裏打ちされたリアリティ、綿密なサッカー描写による納得感の積み上げ、物語的カタルシスとの両立、主人公一条龍の圧倒的精神力と、それが生み出す他人への影響力」

 

 

《あらすじ》

この作品は、天才的な技術を持ったサッカー少年・一条龍が、小学校6年生でサッカーの全国大会出場を決めたその日に交通事故で瀕死の重傷を負い、2年間のリハビリの後に復帰して活躍する様を描いた物語です。主人公の計画(プラン)は18歳で日本代表になること。タイトルの『BE BLUES』そのままです。メインは高校サッカーの話になるらしい。

 

《プレースタイルの選択》

これだけだとお涙頂戴というか、いや実際泣けるんですが、大怪我を舞台装置として使い捨ててドラマを盛り上げようとしているだけの作品のように聞こえるかも知れない。でもこの作品は決してこの設定を都合よく使い捨てません。あくまでもこの主人公の大怪我を元に、実際にその後の彼のサッカー選手としての人生にどういう影響を残すかを考え尽くして、その上で主人公がいかに高みに上り詰めていくか、その様を描いています。少なくとも、単行本9巻までと直近2週分のサンデーでの連載を読んでの私の感想はそうです。小学校6年生からの2年間のブランクというのは一言で言えば絶望的なレベルの損失で、まずどうやったって取り返しが付かない。特にサッカーは通常の生活では神経系が発達しにくい脚部を使ったスポーツなので、それが最も発達する若年期のブランクはあまりにも大きいのです。

 

自分も高校時代そこそこスポーツが盛んな高校でサッカーをやっていたのですが、やっぱり子供の頃にどれだけボールを触っていたかが死活的に重要なんですよね。僕が高校で在籍していたクラスは、色んな種目の国体選手が沢山居るようなクラスで(勿論サッカー部も)、体育の授業はいつも盛り上がりました。全員が大した経験の無いバレーボールとかをやると純粋にセンスと運動神経の勝負になるのですごく面白かった。それで、サッカーの授業になるとやっぱサッカー部無双なんですよね。陸上部の、全国的に見てもめちゃくちゃ足が速くて(最終的には100メートル10秒台前半まで行ってた)、そいつは他のスポーツ(バスケとか)ではかなり上手いんですが、サッカーの授業ではサッカー部には全く敵わない。サッカー部の連中は必ずしもその陸上部のやつほど運動神経に優れているわけではない。単純にボールに足で触れていた時間が長いかどうかで差が生まれる。多分これは多くの人が似たようなシーンを見たことがあると思う。足を自在に操るってのはとにかく難しいらしい。

 

第4巻の主人公の親友・優人の回想の中で、龍が優人にこぼしたセリフがあります。「優人…なんかさ…タッチは戻らない…そんな気がする…」 解説すると、ここで言う「タッチ」とは、サッカー選手がボールを足で扱う時の繊細な感覚のようなものを指していて、ボールコントロールに長けた選手を称する時に「タッチが柔らかい」とかそんな風に使います。で、これが「戻らない」ということは、怪我をする前のように天才的なボールタッチの技術で相手を圧倒するプレーはもう「絶対に」できないということです。

 

これはボールコントロールの技術が生命線のサッカー選手、分けても攻撃のプレーヤーにとっては死刑宣告に近い。事故直後の大きな絶望にもひょっとしたら劣らないレベルのショックがこの時には絶対にあったはずです。しかし、ここできっちりと「以前のようなボールコントロールの才能に頼ったプレーはもうできない」と自覚できたことがこの後の龍の成長に大きくプラスに働きます。

 

サッカーを諦める選択肢など龍には微塵も無いので(主人公の意志の強さ、突出した精神力については後述)、タッチの精度を高める努力は継続するにしても、それに頼らない長所を磨く必要があります。それが「マークをはがしてボールに点で合わせる(4巻より)」、フリーランニングの質をとことん追求してワンタッチでゴールを生み出す、頭脳型CF(センターフォワード)としての生き方です。イメージとしてはマラドーナになるのはもう無理だからラウール・ゴンザレスを目指そう、といったところでしょうか。こう書くとラウールがレベルの低い選手みたいに聞こえるかも知れませんがそういう意味ではないです。自分が具体的に思い出せる近年のフォワードで、フリーランニングの質、相手のマークから外れる能力が異常に高く、「どう動けばゴールが生まれるか」を知悉している選手として真っ先に思い浮かんだのがラウールだっただけです。まあWikipediaの彼の記事の抜粋を読んだだけでもどれだけ偉大な選手だったかは分かると思う。

 

レアル・マドリードの下部組織出身であり、同クラブの歴代最多出場、最多得点の記録保持者。またUEFAチャンピオンズリーグにおける通算得点記録保持者であり、欧州カップ戦における通算得点記録保持者でもある。 (Wikipedia より引用

 

レアル・マドリードバルセロナと並んでスペインを、というか世界中のクラブチームを代表するビッグクラブで、各国のスター選手を潤沢な資金力でかき集め一時期「銀河系軍団」と呼ばれ世界最強の名をほしいままにしました。巨人を10倍くらい酷くしたチームといえば分かりやすいかも。その世界最強軍団レアルの生え抜きで、クラブの全盛期を支えた一人がラウールです。彼は決して絶対的な身体能力や技術に恵まれていたわけでは無いけれど、高いレベルでバランスの取れた穴のない技術とゴールへの嗅覚、サッカー的知性が非常に発達した素晴らしい選手でした。

 

ラウールちょう上手い(動画)

 

無理やり強烈なシュートを打つよりも、狙い済ましてゴールにボールを流し込む。いつの間にかフリーになって確実に決める。ド派手なテクニックを見せつけて単独でゴールを決めることはそう無いが、それでいて誰よりも多くのゴールを決める。サッカーが上手いってのはどういうことなのかを思い出させてくれるような選手です。

 

今週のサンデーでも、見事な機転からロングシュートを決めた龍を見て、小学校時代からのライバルのGK・渡辺が「いまやアイツより技術のあるやつなんてザラにいる でも今のアイツは技術だけじゃない 意外性のあるプレー、判断の速さにおいてはアイツの右に出るやつなんてそうはいない」と称賛しています。技術だけに頼らずインテリジェンスで勝負。この作品のリアリティを支える根幹は間違いなくここにあります。この方向性で龍が超一流の選手になるまでを描ききったらすごい作品になると思うんですが、作者の田中さんには是非頑張ってもらいたいです。

 

《主人公・龍の不屈の精神力と人格、そして周りへの影響力》

上でもちょろっと書きましたが、主人公の龍に備わった能力の中で最も優れているのはなんといってもそのメンタルです。これは正直ファンタジーのレベルだと思う。小6の龍は「俺は計画(プラン)はやり遂げるタイプ」と公言し、サッカーの試合においてはどんな難しいプランだろうと着々と達成していきます。

 

しかし、彼は物心付く前からの親友・優人が車に跳ね飛ばされそうになったところを助けて、その代わりに瀕死の重傷を負い、サッカー選手としては致命的な2年のブランクを余儀なくされます。龍にとっては「計画(プラン)は絶対」にもかかわらず、親友の危険には勝手に体が動いてその結果自分が犠牲になってしまいます。自分のせいで龍が大怪我を負ってしまったことを悔いる優人に、龍は「お前を助けることができて良かった お前を助けられなかったら 俺はきっと一生後悔してた」と片手片足開放骨折、腰椎圧迫骨折のボロボロの体でベッドに横たわったまま伝えます。そして、そんなになっても彼は「18歳で日本代表になる」というプランを手放しません。自分の現状を見つめ、ここから何とかしようと足掻き始めるわけです。…ちょっとこれ格好いいとかそういうレベルじゃないな。そりゃ優季もアンナも惚れるわ。

 

また、中学卒業後に父親の転勤に伴う両親のインドネシア行きへの同行を求められた時も、ただ突っぱねるのではなくて心の底から悩んでいるところも凄い。日本よりはるかにサッカー後進国インドネシアに移住したら龍のサッカー選手としての未来は一気に暗くなってしまう。しかし、彼は自分がリハビリを続けてこられたのもまたサッカーをプレイできるように回復できたのも両親のおかげと痛い程分かっていて、母親が「あなたが心配なの 高校を卒業したら龍がどんな生き方をしようと口は出さない でもそれまでは一緒に暮らそう」と涙ながらに語るのを無下にはできない。彼は自分のサッカーでの計画遂行をとても大切にしているけれど、もしかしたらそれ以上に人の気持を大切にしている。だから、最後の最後まで両親とのインドネシアへの同行を断ることをしなかった、いや、できなかった。そういう人間だからこそ、両親の承諾も得て最終的に日本に残ることが出来たんでしょうね。

 

上のインドネシアへの龍の同行を両親が諦める大きなきっかけになったのが、中学校のチームメイトの存在です。サッカー部のチームメイトは物語のある時点から龍のその真摯な姿勢に打たれ、「龍をインドネシアを行かせないために勝ち進もう、スカウトに龍のプレーを見せるために全国大会に行こう」と決意し、そこからチームの勝利へ向かう力が劇的に強くなります。最終的に全国大会には進出できなかったけれど、「龍を全国に連れて行くことができずに」泣き崩れるチームメイト達を見た母親は衝撃を受けます。彼は、大きな怪我をして繊細なボールコントロールの技術を永遠に失ったけれど、その後の2年のブランクを乗り越えることで、知らずに他人に影響をおよぼすことのできるパーソナリティを得ることができた。人格を手に入れるってのも変な話なんだけど、結果的に。

 

龍ちゃんのこういうエピソードは他にも色々あります。小学生の時、龍が大怪我を負う前に対戦したことのある選手と中学校で再戦した際「お前は俺のことなんか覚えてないだろうけど」と話しかけられる。しかし龍は「覚えてるよ 〇〇FCのDFだろ」と答える、などなど。こいつは何というか力になってあげたくなる人物なんだろうな。カッコいい。

 

あと小学校時代からのライバルで桜庭ってのが居るんだけど、こいつは明らかに龍とは対照的なポジションを意識して作られているキャラクターです。非常に高いボールコントロールの技術を持っていてそれこそ全員ドリブルで抜いてゴールも決めかね無いような選手なんですが、あまりにも自己顕示欲がすごくて「オレを尊敬しろ!」とか素面で言えちゃうような面白いやつです。俺はこういうやつ好き。しかし当然チームメイトからの人望に乏しいので色々と行き詰まっている様子。彼が高校で同じチームになるみたいなので、龍と二人でどんな化学変化を起こしてくれるか非常に楽しみ。

 

《タイトル回収》

というわけで男の子も女の子も龍ちゃんにはぞっこんですが納得感しか無い。みんな『BE BLUES』を読んで龍ちゃんを応援しよう! あと優季も優人もアンナも宮崎くんも桜庭も渡辺も皆かわいい!