【「てるみな」の話】その後
上の続きです。この間新刊を読んだので。
個人的な話
2巻発売の時に感想を書いてからもう3年も経つのか…と果てしない気持ちになった。以前の記事で「てるみなを読むことはどこまでも《個人的経験》である」みたいなことを書いたけど、今でもつくづくそう思う。3年前に本作品でKashmir作品に出会ってから他作品にも手を伸ばし、ゆっくりとだがおおよその作品に触れた、そして色々な影響を受けた。気がつけばてるみなの舞台に引っ越し、カシミアのコートとマフラーを買った(影響か?)。
お気に入りは◯本の住人、百合星人ナオコサン、ななかさんの印税生活入門など。『◯本の住人』は引っ越ししてから半年くらいをかけてのんびり読了した、なんだか早く読み切ってしまうのが勿体無く。大抵はハマったら先を読みたい欲求を押さえきれず一気に全巻読破してしまうので、こういうことは珍しく印象深かった。また、1年ちょい前にインフルエンザに罹り、頭が痛くて映画も本も何も読めず暇で死にそうな時に唯一脳みそが受け付けた漫画でもある。◯本の住人ってホントダメ人間の見本市でなーんか読んでると安心するんだよね―。
それでも3年ぶりに『てるみな』の新刊を読むと、やっぱこれが一番Kashmir氏が手加減なしに色々な執着やら美学やらのアレコレをぶち込んでる作品だなーと感じる、勝手な意見ですが。また、たいていこういう一話完結型のオムニバス作品って連載初期の方が面白い(作者の積年のネタと邪念が自然と濃く現れる)ものなのに、このてるみな3巻は1、2巻より更に面白くなってる気がする、具体的には2割増しくらいで。これは地味に凄いことですよ。吐けども尽きぬ
「匂い立つ」漫画
新刊で特に心をかき乱されたのは「銚子電氣鉄道」編だった。 前後編に分かれたこのエピソードは本州最果てのひとつ「外川」から始まる。以下ネタバレあり。
母親におつかいを頼まれるもメモに書かれた単語は大半が意味不明で、見知らぬ町であてずっぽうにその物品を探す主人公・ミナちゃん。なぜその町に居るか、特に理由は語られない。町中では至る所に干物が吊り下げられており、その中には人間っぽいシルエットも。
そこの住人とは言葉も上手く通じない。おつかいのメモに書かれた意味不明な物品を適当に調達したミナちゃんは様々な干物に見送られながら外川を後にする。干物は多種多様なので、その中には地球外生命体も含まれます。
醤油の匂い漂う銚子でおつかいを果たすべくさまようミナちゃんは、醤油教を信仰するおねえさんが待ち構える施設に迷い込む。そこで音と光による洗脳が行われ……るも無事に自我を保ち、最後のアイテムを求めて波崎への橋を、異様に長い橋を渡る、醤油おねえさんと共に……(終劇)
……こうやって改めてあらすじを書き起こしてみると悪夢感が凄まじいことになりますね。このテキストを読んだ人が物語の全体的な情報を理解出来るとは到底思えない。ただ、もしも「なんかやべーな」ということだけでも伝わったとしたら、それは俺が伝えたいことの全てです。匂い立つのは、干物のにおい、醤油のにおい、死のにおい。
偽史コラム
各話の間に挿入されるコラムのV林田氏のコラムも、この嘘っぱちの幻想世界のリアリティを補強するのに非常に大きな役割を果たしている。ある嘘をもっともらしく見せる技術として「その嘘を〈すでに与えられた事実〉として、その先の物語を語る」というのがあると思いますが、このコラムはそれです。あんまりにも自信満々に漫画本編のストーリーを土台にした偽史がつらつらと語られるものだから「へーそうなんだあ、まあそういうこともあるかもね」という気分になる。怖い。フィクションということは重々承知ですよ、こうやって怖い怖い書いていても創作ということは分かってる。それでも、どういう訳かこちらの現実認識に働きかけるものがあるんだ。それが読み手を落ち着かなくさせる。大昔テレビで偶然見た映画『ランゴリアーズ』のような。〈夢に追いかけられる〉恐怖というか。
今巻では特に上記「銚子電氣鉄道」編のコラムが白眉で、夜中に風呂場で読んでいたら近所迷惑なレベルで笑ってしまった。「銚子」という単語の読みから連想される概念を極限まで引き延ばし、大風呂敷を広げ、与太を飛ばす。「観音」とかね、その発想は無かったわ(ある訳がない)。ネタバレしたいのもやまやまだけど、こればテキストに書くと勿体なさ過ぎる気がするので是非実際に読んでくだされ。あと本コラムで銚子の「銚」がさり気なくいろいろな似たような漢字にすりかえられていて、何かしらの意味があるに違いないのだけど、それがさっぱり分からない。漫画本編でも表記が揺れまくっている。3年後には分かるだろうか、迂遠な楽しみが一つ増えた。
アウトロ
よく何かを人にすすめる時に「好き嫌いがわかれると思うけど」ってエクスキューズがあるじゃないですか、あれ俺はあんまり好きではなくて、そんなの当たり前やろ、言い訳すんなといつも思うんです。この『てるみな』も一見その「好き嫌いが別れる作品」の極北っぽく見えるんだけど、考えてみるとめっちゃ普遍的な作品でもあるんですよね。だってこの作品が描いているのって「子供の見る悪夢」がベースだから。「この作品で描かれる世界を経験していない人間は非常に少ない」とも言える。グロいの苦手ってのはあるかもだけど、漫画を読むなら一度読んで損は無いと思う。何でこんなことを書くかというと、その質に見合った評価を得ているとは全然思えないからです。
Kashmir作品に出会ったことで読む漫画の幅と深みが変わった。てるみなを読むことなしに小林銅蟲作品やメイドインアビスを読むことはもしかしたら無かったかも知れない。いち漫画好きとしても転換点となる作品だった。出来るだけ長く続いて欲しいし、あと100万部売れろ(完)